佐藤るり官能小説
ドールスピーク
第4章 - 堀内1
昔から、オンナが嫌いだった。こちらの顔色を伺ってびくびくと機嫌をとるのも、小生意気に張り合おうとしてくるのも、調子のいいことを並べながら馬鹿にしたように笑いかけてくるのも、同じように腹がたつ。廊下ですれ違いざまに、過不足ない言葉で応対しながら、無関心を突き通して去っていった斉藤景子のヒール靴にも、いつもオンナに感じるような不快感がこみ上げた。
私は何も、組織としてこの学校に、何か期待しているわけではない。組織の頂点に立ち、指先一つで統制したいと、無駄な野望を持っているわけでもないし、私の統制の元に、くだらない生徒らや教員たちを従えたいとも思わない。ただ、檻のような枠組みだけ無機質に与えられ、その枠組みの中でだけ、我がもの顔で自らのつくった制度を振りかざす者たちを、放っておけないだけなのだ。あたかももとから自分がもっていたようなふりをして、それが檻の外でも通用するようなふりをして。

斉藤景子の名前は、職員名簿で見る以前から、知っていた。その異常とも思える「教育」によってではなく、その美貌によって。互いに無関心な職員たちは、互いのレジームを批判しあう知的体力など持ち合わせてはいない。せいぜい、目立つ存在の女教師の、下着の裏側に想像で射精する程度なのだ。理事のお好みに合うかはわかりませんがね、ある職員が赴任前の私のところへ尋ねてきた時耳打ちしていった。なかなかいいタマなんですよ、これが。
伏目がちの教員をあつめて赴任の挨拶をしているときから、その職員が言わんとしていたことはわかった。わざとらしくつれた胸元のシャツや、大げさに響かせた靴音、分かりやすく紅を塗った唇のどれをとっても、なるほど、疲れた中年の男子職員たちの絶好の射精のネタになりそうなものばかりだった。
断っておきたいのだが、私自身、女嫌いが転じて同性に魅力を感じるだとか、不感症だとか、そんなことは全くない。連れ合いとの夜の生活は、不自然でない程度に全うしてきたつもりだし、時には健全な遊び場で羽目をはずすこともある。矛盾を感じながらもそれなりの快楽を得るそんな時ですら、どうしても生理的に受け付けないオンナというのがいて、たまたまコトに及んでからそれに気付くと、後ろから穴へ抜き差ししながら、首を絞めてしまいたくなる衝動に襲われる。
良識的な過程で育ったせいか、人を殺めたことなど勿論一度もないし、衝動のまま首を絞めたり乳房を切り取ったり、殴ってしまったことすらない。そのような欲望は、全て保身や安定というより大きな目的の前に封じ込めるのだ。
斉藤景子を一目見たときから、彼女がまさに私の神経に触るタイプだということはわかった。馬鹿にしたような作り顔、付け上がった目つき、諦めきった口元と矛盾する挑戦的な物言い、どれをとっても胃の奥を引っかかれるような不快感を誘うものだ。そしてまた、教室を支配することに甘んじきった、逆に言えば他に対して常に無関心で無防備だということが、さらに私を苛立たせた。
良識のおかげで築き上げてきたものが、壊されかねない不安が私を襲った。彼女が何か私を揺るがすようなことをすれば、その場でストッキングの裂け目から彼女の肉体まで切り裂いてしまう気がした。
職員会議の最中、何か思い弾むことでもあるのか、完全な上の空でやり過ごしていた斉藤景子の授業について、他の教員から私にだけ聞こえるように教えられた。男子生徒につけた首輪やそれに繋げた紐、それらは私にとって特筆すべきことでもなかった。閉じられた完璧の中の法が、くるったものであるということは想像に容易い。しかし、目の前で全てを許したような、絶望したような、かといって何かを諦めていないような、くだらない目つきで背筋を伸ばしている彼女のその揺ぎ無い自己愛を全て揺るがせて暴いて壊してやりたい衝動に襲われた。そそくさと職員室の扉から出て行った彼女を、気付くと私は夢中で追いかけていた。
形式的な会議の場では、あれほど気丈に見えた彼女が、廊下を歩くときは何かから逃げるように、もしくはどこか安全な場所へ急ぐようにして歩くのに、笑いがこみ上げてきた。結局彼女も、閉じられた安置所から出てしまえば、不安で孤独で無目的な、ただのオンナなのだ。そのとき私はすでに、彼女の自尊心の壊れやすさを確信していた。
「斉藤景子です。どうぞよろしく。」
スマートで適切な言葉で切り換えした彼女は、私に阻まれて顔が曇ったのを、自分でも自覚しているらしかった。安息地への到着がおくれるのが、そんなに悔しいか。
想像していたようなコトバが、まさに彼女の口からついて出てくるのが愉快で、私はにやついていた。これ以上、このオンナに話をさせる必要はない。彼女のむっとする香水の匂いをけちらすように私は、横についていた秘書に合図をして私はその場を去る振りをした。そして内実、秘書を理事室へ追いやった後、斉藤景子の受け持つクラスの教室へ、足を運んでみることにした。
何が閉じられた安息地だ。始まっているらしい授業は、隣の教室から渡ったベランダから、余さず全望できた。
思っていたことが凄まじい速さで展開していく教室の中は、乙女チック世代の彼女が考えそうな、象徴的で記号的な儀式だった。そしてそれを特に何も考えもせず受け入れている生徒たちの感覚は、おそらくさらに壊れている。斉藤景子は、このような儀式が、彼女を支え、守ってくれいてるとでも思っているのだろう。生徒たちには、思考停止を補助してくれている形式でしかないのだが。
彼女の安息地を揺るがす方法は、いくらでも思いついた。例えば私がここから万年筆でも投げて窓を割れば、彼女は平静を装いながらも、予期しない展開、不慮の事態の可能性にびくついてこちらを見るだろう。それだけでも、生徒たちの失望をさそうのは十分なのだ。想像していた以上に脆い形式に、失望して彼らは何か別の従うべき象徴を見つけ出すだろう。
しかしそのような小洒落た演出で無防備な彼女を崩壊させるには、私は少々感情的になりすぎていた。一人の男子生徒にむかってスカートと下着を手でたくし上げたまま彼女が思い切り放尿したのを見届けてから、私はゆっくりと廊下のほうへもどり、さらに教室の扉の前まで歩いた。放尿時に彼女の脚をつたって床にまで繋がっていた、一筋の尿の跡が頭からはなれず、胸糞がウッとなる感じを抑えてから、私は扉を勢いよく、音をたてて扉をあけた。
教室中の生徒の視線を拒んでから、斉藤景子の前に立ち、見下ろすかたちでにらみつけると、今にも壊れそうなむき出しの不安を追いやるように、彼女のほうも私に向き直り、下半身をむき出しにしたまま私を睨み返した。この目つきなのだ。どうしても首を絞めたくなる衝動を呼び起こすのは。





